日本国内では「礼儀知らずの腰パン選手」というレッテルが貼られた国母氏ですが、スノーボードの本場である北米やヨーロッパにおける彼の評価は、まったく逆の「世界最高峰のレジェンドライダー」でした。その実績は、日本スノーボード史において群を抜いています。
バンクーバー五輪直後、世界最高峰のプロ大会「US Open」のハーフパイプ種目において、2010年・2011年と日本人初の2連覇を達成。さらにアクションスポーツ界のオリンピックと呼ばれる「X Games」でもメダルを獲得し、世界のトップコンペティターとしての地位を完全に証明しました。しかし、彼の真の伝説は、コンテストシーンを引退した後に幕を開けます。
国母氏は人工的に造成されたパイプを離れ、命の危険が伴う未開の雪山を滑るバックカントリーの世界へと転身。米国の名門プロダクションによるスノーボードムービー『The Kazu Collection』や『KAMIKAZU』において、断崖絶壁を驚異的なスピードと美しいスタイルで滑り降りる姿は世界中の度肝を抜きました。その結果、スノーボード界のアカデミー賞と称される米TransWorld SNOWboarding誌の「Rider of the Year」を日本人として初めて2年連続で受賞するという歴史的快挙を成し遂げました。