『ぼくらの七日間戦争』宗田理の軌跡|名作誕生秘話と遺されたメッセージ

『ぼくらの七日間戦争』宗田理の軌跡|名作誕生秘話と遺されたメッセージ

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宗田理(そうだ おさむ)は、1928(昭和3)年5月18日、東京・世田谷に生まれました。幼少期に父を亡くし、愛知県西尾市で育った宗田の青春時代は、まさに太平洋戦争の渦中にありました。軍国少年として「お国のために死ぬ」ことを教え込まれながらも、終戦を迎えた瞬間に昨日までの価値観を手のひら返しで覆した大人たちの姿を目撃した体験が、後年の作家活動における決定的な原風景となります。

日本大学藝術学部映画学科を卒業後、映画の脚本執筆、シナリオライター、雑誌編集者、広告プロデューサーなど多才な現場を経験。40代後半までビジネスの最前線で激務をこなしていた宗田が本格的に文壇へ打って出たのは、1979年のことでした。企業買収の内幕を描いた社会派サスペンス『未知海域』で第81回直木賞候補となり、51歳にして遅咲きの小説家デビューを果たします。

自著の手記や過去のロングインタビューにおいて、宗田は「戦中派として生き残った自分には、権力や大人が押し付ける嘘に騙されるなと子どもたちに伝え続ける義務がある」と幾度となく語っていました。2026年4月8日、肺炎のため名古屋市内の病院で95歳で逝去(訃報は角川つばさ文庫編集部より公表)する直前までプロットを練り、執筆への意欲を失わなかった姿勢は、まさに生涯現役のストーリーテラーそのものでした。

井上 凛
Author

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。