昭和天皇の長女・東久邇成子の波乱の生涯|35歳急逝の真相と子孫

昭和天皇の長女・東久邇成子の波乱の生涯|35歳急逝の真相と子孫

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庶民としての生活がようやく軌道に乗り始めた矢先、成子を非情な悲劇が襲います。1960年(昭和35年)頃から体調不良を訴えるようになり、翌年に入って宮内庁病院へ入院。精密検査の結果、判明した病名は末期の結腸癌(癌性腹膜炎を併発)でした。

当時35歳という若さであり、進行の早さは医師団の手にも負えない状態でした。昭和天皇と香淳皇后は公務の合間を縫って連日のように病室へ足を運び、愛娘の手を握りしめて励まし続けました。当時の侍従日記には、昭和天皇が病室を出た後、人目をはばからず涙を拭っていた姿が生々しく記されています。

1961年(昭和36年)7月23日午前3時15分、東久邇成子は家族に見守られながら静かに息を引き取りました。墓所は皇族専用の墓地ではなく、東京都文京区にある豊島岡墓地に建立され、現在も静かに眠り続けています。昭和天皇にとって、初子であり最も多感な時期を共に過ごした長女の先立ちは、生涯消えることのない深い悲哀として胸に刻まれました。

中川 明日香
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中川 明日香

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。