今でこそ全国どこでも親しまれている梅水晶ですが、その歴史は水産加工の現場における「未利用資源の有効活用」という情熱から始まりました。
「梅水晶 由来 発祥」を語る上で欠かせないのが、大阪市に本社を置く水産加工会社「サブ水産」の存在です。昭和末期、サブ水産が宮城県気仙沼港に着目したことがすべての起点となりました。気仙沼は古くからフカヒレの生産地として世界的に有名であり、日本有数のサメ水揚量を誇る港町です。しかし当時、高級中華料理の材料となるフカヒレ(ヒレ部分)や魚肉練り製品に使われる肉以外の軟骨部分は、食用としての活用法が限られていました。
「気仙沼のサメ珍味として、この良質な軟骨を余すところなく美味しく食べられないか」——開発陣の試行錯誤の末、軟骨を極薄にスライスし、日本人に馴染み深い梅肉と和えるという画期的な製法が確立されました。完成した料理を器に盛った際、梅肉に包まれた半透明のサメ軟骨が光を浴びてキラキラと「水晶」のように輝いて見えたことから、「梅水晶」という風流な名が授けられたのです。
当初は高級料亭や割烹向けの知る人ぞ知る珍味でしたが、平成以降に首都圏を中心とするこだわり居酒屋チェーンが相次いでメニューに採用。サッパリとして脂っこい料理の合間に最適な「最強の箸休め」として口コミが広がり、全国区の大ヒット商品へと駆け上がりました。