「なぜ千葉の私鉄である京成電鉄がディズニーとそれほど深い関わりを持っているのか」と疑問を抱く人は少なくありません。その答えは、1960年(昭和35年)のオリエンタルランド設立にまで遡ります。
当時、千葉県浦安沖の広大な干潟を埋め立て、千葉県の発展に寄与する一大レジャーランドを建設しようと奔走したのが、当時の京成電鉄社長であった川崎千春氏でした。大規模開発には莫大な資金と都市開発の知見が不可欠であったため、京成電鉄は三井不動産と手を組み、共同出資によってオリエンタルランドを立ち上げました。
その後、川崎氏は幾度となく米国ディズニー社へ足を運び、門前払いに近い状況から情熱的な交渉を継続。1979年に正式なライセンス契約を締結し、1983年の東京ディズニーランド開園という偉業へと結実しました。東京ディズニーリゾートの誕生は、京成グループの先見の明と熱意がなければ実現しなかったといっても過言ではありません。