メディアや大衆は、太地喜和子をしばしば「魔性の女」「恋多き女優」と呼びました。彼女自身もお酒を愛し、夜の街で豪快に笑い、数々の著名人との浮名を隠すことなくオープンに語っていたため、スキャンダラスなパブリックイメージが独り歩きした側面があります。
実生活において、彼女は1974年に俳優の岸田森と結婚したものの、わずか数ヶ月ほどでスピード離婚を経験しています。その後は生涯独身を貫きました。しかし、交際が報じられた男性たちとは別れた後も深い信頼関係を築き続けるという、極めて稀有な人間的度量を持っていました。
なかでも俳優・津川雅彦氏との関係は深く、単なる恋愛関係を超越した「生涯の同志」「表現者としての盟友」として知られています。津川氏は彼女の急逝時、誰よりも深く悲嘆に暮れ、その圧倒的な才能と人間味を熱く語りました。また、三國連太郎氏や志村喬氏といった錚々たる重鎮たちからも愛娘のように慈しまれました。
舞台の裏側を知る関係者の証言によれば、彼女は若手劇団員や裏方スタッフへの気配りを決して欠かさず、自身のギャラを投じて共演者に振る舞い酒をするなど、極めて義理堅く温厚な性格でした。「魔性の女」というラベルは、男を狂わせる計算高い悪女という意味ではなく、「関わったすべての人間がその温もりと純真さに魅了され、忘れられなくなってしまう」という天性の求心力を表す言葉だったのです。