ネット上のコミュニティやSNSで長年誤解されがちなのが、アシタカとカヤの関係性です。劇中でカヤはアシタカを「カヤは兄様(あにさま)をお見送りしてまいりました」と呼んでいるため、実の兄妹だと勘違いしている視聴者が少なくありません。しかし公式設定資料および絵コンテの記述によると、二人は実の兄妹ではなく、カヤはアシタカの許嫁(いいなずけ)です。
当時のエミシの小部族の風習において、一族の年長男性や長となる若者に対して親愛と敬意を込めて「兄様」と呼ぶ習俗が存在していました。カヤが村の掟を破ってまでアシタカの旅立ちを見送り、手渡した「玉の小刀(黒曜石の小刀)」は、乙女が生涯の契りを交わす男性にのみ贈る不可侵の誓いの品でした。
その大切な小刀を、後にアシタカがサンへ贈ってしまう場面は、現代の視聴者の間でも「アシタカの二股疑惑」「元カノのプレゼントを横流しした」といった議論が巻き起こる有名なシーンです。しかし宮崎駿監督の演出意図を深く読み解くと、アシタカはカヤの想いを軽んじたのではなく、「エミシの過去の自分を完全に捨て去り、サンが生きていくための守り刀として魂を託した」という通過儀礼的な意味合いが込められています。同じ声を持つカヤからサンへと小刀が渡る構図は、アシタカ自身の人生の転換点を象徴的に結びつける装置となっています。