地方都市の山あい、築百年を超える木造屋敷。雪がちらつく厳しい冷え込みの中、映画の撮影が始まった。重苦しい静寂が漂うセットで、撮影監督の手がわずかに震える。カメラが捉えるのは、表向きは穏やかな旧家の素顔だ。監督を務める是枝裕和は、ミリ単位の照明の角度にまでこだわり抜く。登場人物のわずかな視線の揺らぎ、吐息の乱れ。それらすべてが緻密に計算された演出のもとで捉えられていく。
作品を貫くテーマは一見すると重厚なヒューマンドラマだが、その骨組みは息をのむ心理攻防戦だ。これまでの日本映画の枠組みを根底から崩しにかかるような熱量が、現場には充満している。クランクインに参加したエキストラの一人は「息をすることすら憚られるほどの緊張感だった」と現場の凄みを語る。