単なる「美味しい中華まん」が、いかにして「大阪のソウルフード」へと進化を遂げたのか。その秘密は、外食産業の常識を覆す独自の販売手法にあった。羅邦強は、蒸し立ての豚まんから立ち上る食欲をそそる香気と湯気を、最大の広告宣伝と考えた。難波本店の店頭で蒸し器を並べ、目の前で職人が包み、蒸し上げる臨場感を演出したのだ。
五感を刺激する演出は道行く人々の足を止めさせた。関西の主要駅や空港へと出店を広げる際も、「作りたて・蒸したて」の原則を頑なに崩さなかった。持ち帰り用の赤い紙袋を手に街を歩く人々自体が、歩く広告塔となった。こうして551蓬莱は、旅行者や帰省客が必ず立ち寄る大阪のシンボルへと上り詰めたのである。