家族社会学および心理学的な観点から彼女の生涯を分析すると、「出家」と「本名改名」の行為は、極めて過酷な自己防衛と再生のプロセスであったことが見えてきます。
戦前の日本において、家父長制の枠組みに組み込まれた女性の生き方は厳しく制限されていました。見合い結婚による個人の抹殺、そして母性神話という名の重圧。彼女が若い頃に夫と子を捨てて出奔した衝動は、倫理的には批判されるべき重大な過ちである一方、心理学的には「個としての自己崩壊」を防ぐための破壊的な脱出劇でもありました。
しかし、他者を傷つけて手に入れた自由は、逃れようのない罪悪感をもたらします。心理学でいう「心理的バウンダリー(自他の境界線)」を破壊して他者と共依存的な不倫に溺れた晴美は、自力での精神的自立が不可能な極限状態に陥っていました。その彼女が選んだ天台宗での出家とは、世俗的な欲望の回路を仏教の戒律によって強制的に遮断し、健全な境界線を再構築するための手段だったのです。
名前を「晴美」から「寂聴」へと戸籍まで改めたことは、過去の傷を覆い隠すためではなく、「罪深き俗人・晴美を仏門の中で葬り去り、他者のために生きる公人・寂聴として生まれ変わる」という、法的な決別儀礼でした。現代社会を生きる私たちにとっても、過去の過ちや人間関係の破綻から立ち直る際、「自らの罪を引き受けた上で、まったく新しいペルソナ(社会的役割)を獲得して生き直す」という彼女の徹底した生き様は、人生の重い教訓を示しています。