1990年代後半、芸能ジャーナリズムの熱量は現在のSNS時代とは異なり、紙面や写真誌の独特な緊迫感に満ちていた。その中心にいたのが、テレビ朝日を代表する若手アナウンサーだった下平さやかである。知性と華やかさを兼ね備えた彼女の動向は、常にメディアの標的となっていた。
一方で、内村光良は名実ともにトップコント師としてお茶の間の顔であり続けた。過熱する取材陣に対して見せた彼の誠実な対応や、影で彼女を守ろうとする姿勢は、当時の芸能関係者の間でも高く評価されていた。情報過多な現代から振り返ると、あの時代の報道過熱ぶりはある種の熱狂そのものであったと言える。