今の華々しい活躍からは想像もつかないが、堺の役者人生は挫折と貧困からのスタートだった。早稲田大学を中退し、劇団東京オレンジの看板俳優として舞台に立っていた若き日。親からの仕送りを断たれ、路傍のタンポポを食べて空腹を凌いだという逸話は、ファンの間でも有名だ。
だが、その極限状態こそが彼の底知れぬ狂気と集中力を養った。小劇場の汗と熱気の中で鍛え上げられた演技の基礎は、どれほど大きな現場に立ち、時代の寵児となっても揺らぐことがない。穏やかな笑顔の裏に潜むどこか不穏な空気感は、あの過酷な下積み時代があったからこそ生まれた宝物なのだ。