大洗に龍馬の遺品?幕末と明治の博物館の見どころと歴史の真相

大洗に龍馬の遺品?幕末と明治の博物館の見どころと歴史の真相

大洗に龍馬の遺品?幕末と明治の博物館の見どころと歴史の真相の背景について、分かりやすい解説を基に徹底解説します。

茨城県東茨城郡大洗町といえば、大洗磯前神社の「神磯の鳥居」や海の幸を思い浮かべる方が多いはずです。しかし、この地に坂本龍馬や中岡慎太郎、武市半平太、西郷隆盛といった維新の英傑たちの遺墨や遺品が手厚く保管されている事実は、全国的な知名度こそ高くないものの、歴史ファンにとって驚嘆に値する事実といえます。

この奇跡的なコレクションを成立させた人物こそ、土佐藩出身の志士であり、明治期に宮内大臣を約11年間にわたって務めた田中光顕伯爵です。田中は土佐勤王党に加わり、中岡慎太郎が率いた陸援隊の幹部として幕末の動乱を駆け抜けました。坂本龍馬や中岡慎太郎が凶刃に倒れた「近江屋事件」の直後、現場に急行して瀕死の中岡から事件の真相を聞き取った当事者でもあります。

維新後、明治政府の高官となった田中は、志半ばで散っていった同志たちの功績が風化することを激しく恐れました。私財を投げ打って全国に散逸していた志士たちの遺墨、書簡、遺品を精力的に買い戻し、収集を続けました。そして昭和4年(1929年)、風光明媚で自らの別荘もあった大洗の地に、それらの至宝を一括して顕彰・保存するための施設「常陽明治記念館」を開館させたのです。これこそが現在の「幕末と明治の博物館」の前身であり、大洗に龍馬ゆかりの至宝が眠る決定的な経緯です。

林 結菜
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林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。