昭和から平成にかけての裏社会史を語る上で欠かせないのが、兵庫県神戸市を発祥とする「山口組」の圧倒的な勢力拡大です。地方の一港湾組織に過ぎなかった山口組を全国区の巨大組織へと押し上げた立役者が、三代目組長・田岡一雄でした。
田岡組長は港湾事業を牛耳る「甲陽運輸」や芸能界を席巻した「神戸芸能社」を設立し、実業と興行を融合させた近代的な組織経営を導入。昭和30年代から40年代にかけて全国進出を進め、各地の有力組織を傘下に収めていきました。田岡体制下でのカリスマ性と統率力は、今なお裏社会の歴史における象徴として語り継がれています。
その後、昭和末期の熾烈な「山一抗争」を経て五代目・渡辺芳則体制へと移行した1990年代初頭には、山口組単体での構成員・準構成員数が約3万5,000人以上に膨張。全国のヤクザ総数の4割以上を1組織が掌握する「一強体制」が完成しました。関東では稲川会や住吉会といった名門組織が拮抗しつつも、山口組の圧倒的な資金力と動員力は他の追随を許さないレベルに達していました。