一家の崩壊は、父親の人生も根底から破壊しました。父親は当時、青森県内の金融機関に勤務していましたが、事件の責任を取る形で退職を余儀なくされました。
その後、母親とは正式に離婚。父親は青森県内の実家に戻り、窓一面に遮光カーテンや板を打ち付け、外の光を遮断した状態で隠遁生活を送るようになりました。近隣住民との交流も完全に断絶し、深夜にわずかな食料を買いに出るだけの生活が報じられています。
かつて団欒があったはずの青森の実家は、訪問する者もなく荒れ果て、近隣でもタブーとして扱われています。一家を支えるはずだった父親もまた、社会的制裁と罪悪感に苛まれながら、人目を避けて余生を過ごしています。