佐藤のキャリアを語る上で欠かせないのが、オリンピックという最高峰の舞台だ。1984年のロサンゼルスオリンピックに高校生で彗星のごとく登場すると、続くソウルオリンピック、そして1992年のバルセロナオリンピックまで、3大会連続出場という偉業を達成した。
とりわけバルセロナオリンピックでは、見事に7位入賞を果たし、世界トップクラスのジャンパーであることを世界中に証明してみせた。国際オリンピック委員会の舞台で世界の強豪と渡り合う陰には、激しい怪我との闘いやプレッシャーによる葛藤があり、まさに命がけの挑戦だった。