事件の一報を受けた明治政府首脳の狼狽は凄まじいものでした。内閣総理大臣の松方正義をはじめ、元勲の伊藤博文、外務大臣の青木周蔵らは、ロシアの怒りを鎮めるためには「犯人を即座に死刑にするほかない」と結論付けます。
しかし、当時の刑法では一般人に対する謀殺未遂罪(殺人未遂)の最高刑は無期徒刑(現在の無期懲役)であり、死刑にすることは法律上不可能でした。そこで政府は、日本の天皇や皇族に危害を加えた者を死刑とする刑法第116条「大逆罪」を、外国の皇太子であるニコライにも無理やり適用するよう司法部へ強く迫ったのです。
政府首脳は「国家が滅びては法律も何もない」「死刑にしなければロシアと戦争になる」と主張し、担当判事たちに対して脅迫に近い政治的圧力をかけ続けました。司法の判断に国家権力が露骨に介入する、前代未聞の危機的状況が生じた瞬間でした。