『車屋さん』が生まれた背景には、昭和歌謡史における最大の黄金コンビとも称される作曲家・米山正夫と美空ひばりの濃密なクリエイティビティが存在します。劇音楽やミュージカルの分野でも非凡な手腕を発揮していた米山は、ひばりが持つ天性のリズム感、そして幼少期から叩き込まれた日本調(邦楽)の節回しを完全に把握していました。
本作の原型が形作られたのは1961年(昭和36年)のこと。当時、美空ひばりのリサイタルや舞台公演のために書き下ろされた演目の一つとして産声を上げました。当時の音楽関係者の回想録によると、米山は「ひばりという不世出の表現者に、単なる民謡風の歌ではなく、ブロードウェイの躍動感と浅草・柳橋の花街の粋を同時にぶつけたい」という強い野心を抱いていたと記録されています。
仕上がった楽曲は、軽快なスウィングのリズムに乗せて人力車の俥夫(しゃふ)と乗客の軽妙なやり取りを描きつつ、突如として伝統的な都々逸の哀愁あふれる旋律へと転調する驚くべき構造でした。ジャズと寄席芸を自在に行き来するこの超絶技巧の設計は、歌謡曲の枠組みを根底から拡張する音楽的革新だったのです。