国語学の歴史を振り返ると、表記のニュアンスに関する議論は極めて深い。かつて著名な言語学者である金田一春彦をはじめとする多くの学者が、言葉の持つ感触や視覚的効果について考察を重ねてきた。日本語学の視点では、「十」は数量的・客観的な充足を表し、「充」は感情的・主観的な満ち足りた状態を連想させやすいとされる。
さらに、国立国語研究所による現代日本語の書き言葉コーパス分析や語彙研究でも、時代とともに「十分」の使用比率が圧倒的に高まっている実態が示されている。類語・同義語のデータベースにおいても、定量的データに基づく客観的な文脈では「十分(数値や容量)」、感情的なニュアンスを込める文脈では「充分」と書き分けられてきた歴史があるが、現代では前者に収れんしつつある。