森英恵ブランドの現在と破綻の真相|名門の栄光と再生の軌跡を追う

森英恵ブランドの現在と破綻の真相|名門の栄光と再生の軌跡を追う

森英恵ブランドの現在と破綻の真相|名門の栄光と再生の軌跡を追うを徹底追究! 読者が気になる 重要ポイントを凝縮して配信します。

世界のモード界に名を刻んだトップメゾンが、なぜ倒産という苦汁をなめることになったのか。当時の経済情勢と経営判断を照らし合わせると、「時代を先取りしすぎた国際展開」と「バブル崩壊に伴う過剰投資のツケ」という構造的要因が浮かび上がります。

第一の要因は、1980年代後半のバブル景気に沸いた時期の莫大な不動産・設備投資です。東京・表参道の一等地に建設された「ハナエ・モリビル」(建築家・丹下健三氏設計)をはじめ、ニューヨークやパリの一等地への直営ブティック進出など、巨額の資金を投じた固定資産が、バブル崩壊後の資産デフレによって重い足枷となりました。売上高が急減する一方で、維持費や借入金の金利負担が経営の体力を急速に奪っていきました。

第二の要因は、ライセンスビジネスの無秩序な多角化です。ハナエモリは最盛期、婦人服にとどまらず、バッグ、エプロン、ハンカチ、食器、タオル、文房具に至るまで膨大なライセンス契約を結びました。これにより莫大なロイヤリティ収入を得たものの、日常品から贈答用雑貨まで氾濫したことで、「パリ・オートクチュールの最高峰」というブランドの希少価値とプレステージ性が徐々に薄れてしまったのです。

加えて、1990年代後半からはLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)やケリングといった欧州メガコングロマリットによる寡占化が進展。独立系メゾンが単独でグローバルサプライチェーンと莫大な広告宣伝費に対抗することは極めて困難な時代へと突入していました。クリエイティブを牽引する森英恵氏と、経営面を一手に担っていた夫・森賢氏の強力な二人三脚体制が、賢氏の逝去(1996年)によって崩れたことも、舵取りを揺るがす大きな契機となりました。

鈴木 陽菜
Author

鈴木 陽菜

暮らしを豊かにする便利アイテムや時短アイデアを中心に、実用的な情報をお届けします。