山口百恵の通算19枚目のシングルとして1977年10月1日にリリースされた『秋桜』。本作が誕生した背景には、プロデューサー陣による大胆な挑戦と、さだまさしの鋭い人間観察眼がありました。
当時、阿木燿子・宇崎竜童コンビによる『横須賀ストーリー』や『夢先案内人』の大ヒットにより、山口百恵はツッパリ路線やミステリアスな大人の女性像を確立しつつありました。しかし、制作サイドは「大人びたパブリックイメージの奥にある、彼女本来の素朴で温かい素顔を引き出したい」と考え、当時フォークグループ「グレープ」の活動を経てソロで躍進していたシンガーソングライター・さだまさしに楽曲制作を依頼します。
オファーを受けたさだまさしは、百恵と直接対面した際に、彼女が纏う独特の憂いと芯の強さ、そして家族を大切にする純粋な眼差しに強く打たれました。そこで「激しいロックや歌謡曲ではなく、日本の原風景の中で生きる女性の健気な姿を歌わせたい」と構想を膨らませ、わずか18歳の少女に「結婚前夜の娘から母への感謝」という極めて成熟したテーマを託したのです。
さらに、この楽曲を至高の芸術へと昇華させたのが、名匠・萩田光雄による緻密な編曲でした。アコースティックギターの爪弾きと優美なストリングスが織りなす繊細なアレンジは、山口百恵の低音の効いたアルトボイスと見事な調和を生み出し、情景が鮮やかに浮かび上がる音世界を完成させました。