閉園後、最も激しい議論を呼んだのが、パークのシンボルとして建立されていた「ムスタファ・ケマル・アタテュルク像」の行方でした。アタテュルクはオスマン帝国崩壊後にトルコ共和国を建国した初代大統領であり、国民から絶大な敬愛を集める「建国の父」です。
この重厚な騎馬像はトルコ政府および関係機関から友好の証として寄贈されたものでしたが、閉園後の敷地内にブルーシートを被せられたまま長期間放置されていました。雑草が生い茂る荒れ地に建国の父の像が無残に取り残されている様子がメディアで報じられると、トルコ国内や駐日トルコ大使館から激しい抗議と懸念の声が噴出しました。
この外交的摩擦を解決するため、受け入れ先として名乗りを上げたのが、1890年のエルトゥールル号遭難事件以来トルコとの深い友好関係を育んできた和歌山県串本町です。2010年、像は串本町の「樫野埼灯台」旧官舎隣接地へと移設され、現在も美しい太平洋を望む高台で日本とトルコの絆を見守り続けています。