学問の世界から政治の泥臭い現場へ足を踏み入れた時期もあった。2001年、参議院議員選挙に出馬して当選を果たし、社会民主党に所属。国会という権力の渦中で、女性政策や人権問題に関する提言を精力的に行った。
しかし、政党という組織の枠組みや永田町の旧態依然とした体質は、個人の信念を貫こうとする彼女にとって摩擦の連続でもあった。自らのアイデンティティと政策実現の可能性を天秤にかけた末、無所属への移行やその後の辞職を決断。政治の表舞台を離れた後も「永田町に女性の視点が圧倒的に足りない」という警鐘を鳴らし続けた経験は、現在の発言にも色濃く反映されている。