渋沢 栄一 大河 ドラマという枠組みを根底から覆し、日本中を熱狂させた『青天を衝け』の衝撃は、今なお色褪せない。近代日本の設計者でありながら、かつては教科書のなかで無機質な偉人として語られがちだった男の泥臭い青春と激動の生涯を、脚本家の大森美香と若き名優・吉沢亮が見事に血肉化してみせた。新一万円札の肖像としてすっかり日常に定着した現在も、あの圧倒的な熱量の源泉を求めて再検証する声が止まない。
幕末から明治、大正へと激変する荒波のなかで、渋沢 栄一 大河 ドラマが描き抜いた「道徳経済合一」という思想は、不確実な時代を生きる私たちに極めて鮮烈な道標を投げかける。藍農家の血気盛んな若者が、いかにして幕臣となり、やがて日本資本主義の父へと上り詰めたのか。単なる成功譚にとどまらない人間ドラマの深層を解き明かしていく。
吉沢亮の怪演と大森美香の筆が暴いた「近代日本資本主義の父」の剥き出しの熱量
従来の歴史ドラマにおいて、経済人を主役に据える試みは極めてハードルが高いとされてきた。合戦や政治闘争のような派手なスペクタクルに比べ、制度設計や資金調達の駆け引きは映像化が難しいからだ。その前評判を痛快に裏切ったのが、主演・吉沢亮の鬼気迫る表現力だった。
大森美香の手掛けた脚本は、渋沢栄一を聖人君子として描くことを徹底して拒んだ。感情を剥き出しにし、時に挫折し、理不尽な世の中に怒りの声を上げる「おかしれぇ(面白い)」人間としての本質。吉沢亮は、泥にまみれて藍作に励む血気盛んな青年期から、数千に及ぶ近代化プロジェクトを牽引した老境に至るまで、声色と眼光のグラデーションを緻密に使い分け、希代の実業家へ命を吹き込んだ。
草彅剛演じる徳川慶喜との主従関係——史実とドラマが交錯した「深谷から世界へ」の軌跡
本作のもうひとつの背骨となったのが、草彅剛が演じた最後の将軍・徳川慶喜の存在である。尊王攘夷に燃えていた農民・栄一が、皮肉にも幕臣として仕えることになった運命の巡り合わせ。二人の間に芽生えた強固な信頼関係は、作中屈指の名シーンとして視聴者の胸を打った。
孤高の静けさを湛えた徳川慶喜と、太陽のように前へ突き進む渋沢栄一。草彅剛の抑制された演技が吉沢亮の情熱を際立たせ、幕府の終焉と明治維新という巨大な地殻変動を、主従の人間ドラマとして再定義した。パリ万博への派遣という史実上の転機を経て、日本の旧態依然とした身分制から解き放たれていくプロセスは、まさに第一級のサスペンスを観るかのごとき緊迫感に満ちていた。