民間人となってからの生活は、まさに戦後復興期の日本社会の縮図だった。闇市での買い物や配給生活、さらには子どもたちの教育費の工面に頭を悩ませる日々。しかし、東久邇成子は決して気品を失わなかった。近隣住民との気さくな交流や、町内会の活動にも積極的に参加したという証言が残されている。
一方で、父である昭和天皇との精神的な絆は終生途切れることがなかった。定期的に皇居を訪れては両親に孫たちの顔を見せ、父の健康を気遣い続けた。昭和天皇にとっても、激動の昭和をともに生き、いち早く民間人の苦労を経験した長女の存在は、かけがえのない心の拠り所だったに違いない。