江戸の料亭文化で細々と受け継がれていたポン酢を、全国の家庭へと解き放った主役こそが、愛知県半田市で歴史を刻んできた株式会社Mizkan Holdings(ミツカン)である。
昭和30年代、博多の水炊き文化に魅せられた当時の七代目中野又左衛門は、料亭の専売特許だったポン酢醤油の旨さに衝撃を受けた。「この味をなんとか全国の家庭に届けられないか」。その強い情熱が、調味料製造業の現場を突き動かした。
当時、醤油と柑橘果汁をあらかじめ調合した瓶詰め製品は商業化が極めて困難だった。果汁の沈殿や発酵、香りの劣化といった難題が開発陣の前に立ちはだかる。醸造酢造りで培った技術を結集し、試行錯誤の末に1964年、初代「味ぽん」が産声を上げた。
発売当初は関西圏での試験販売だったが、家庭用鍋料理の爆発的普及と相まって全国へと拡大。オランダの酒から始まったポンスは、中野又左衛門の慧眼と技術力によって、日本の食卓に欠かせない万能調味料へと完全な脱皮を遂げた。