この改名が発表された当時、そしてインターネット掲示板やSNSが普及した以降も、しばしば巻き起こったのが「これは過剰なポリコレではないか」「単なる言葉狩りだ」という批判的な反応でした。
肌色クレヨン差別問題の真相を検証すると、一部で噂されたような「海外からの理不尽な外圧によって強制された」「特定の政治団体から激しい攻撃を受けて屈した」という言説は事実と異なります。改名を主導したのは、他ならぬ日本の教育現場の肌感覚と、文具メーカーの開発者たちの良心でした。
当時のメーカー担当者や教育関係者の手記・証言によると、現場では極めて具体的で胸を痛める事例が起きていました。例えば、アフリカ系や東南アジア系のルーツを持つ児童が、図工の時間に「はだいろ」と書かれたクレヨンを渡され、「僕の肌はこんな色じゃない」「この色を塗らないとダメなの?」と涙を浮かべた事例や、日焼けした子どもがクラスメイトから「肌色じゃないから変だ」とからかわれる事態が発生していたのです。
メーカー側にとって、クレヨンや絵の具は「子どもたちが世界を自由に描き出すための道具」であるはずでした。その道具の名前そのものが、誰かを傷つけたり、表現を縛る呪縛になってはならない。文部科学省や各種人権団体との対話を重ねた結果、クレヨン色の名前変更理由は、誰かを断罪するためではなく、「すべての子どもが傷つかずに自己表現を楽しめる環境を整えるため」という極めて実践的な動機から下された決断だったのです。