西湖いやしの里根場の真実|被災から復活した茅葺き集落の魅力と歩き方

西湖いやしの里根場の真実|被災から復活した茅葺き集落の魅力と歩き方

西湖いやしの里根場の真実|被災から復活した茅葺き集落の魅力と歩き方の全体像を丁寧に掘り下げてご紹介します。

西湖いやしの里根場を訪れた人がまず息をのむのは、整然と並ぶ茅葺き屋根の向こうにそびえる霊峰富士の威容です。しかし、この地がかつて1966年(昭和41年)9月の台風26号(足和田災害)によって、壊滅的な土石流被害を受けた歴史を知る人は決して多くありません。

当時、集落背後の御坂山地が豪雨によって大崩壊を起こし、土石流が根場集落を一瞬にして呑み込みました。死者・行方不明者は集落全体で94名にのぼり、美しかった40棟以上の茅葺き民家はほぼすべて流失。生き残った住民たちは安全な西湖畔の集団移転地へと生活の拠点を移し、かつての根場集落は砂防指定地として立ち入りが制限され、地図上からその姿を消しました。

転機が訪れたのは2000年代初頭のことです。「かつての美しい故郷の姿を後世に伝え、災害の記憶を風化させないための拠点を作りたい」という元住民たちの切実な願いと富士河口湖町の文化継承事業が結びつき、2006年に「西湖いやしの里根場」として第一期オープンを果たしました。単なる観光誘致のためのテーマパークではなく、地域の魂と防災への祈りが込められた復興プロジェクトだったのです。園内にある「砂防資料館」に足を踏み入れると、被災前の写真や当時の救助活動の記録が生々しく展示されており、訪れる人々に深い感銘を与えています。

山下 哲也
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山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。