岡藤氏が打ち出した改革の中で、日本社会全体に最も大きなインパクトを与えたのが2013年に導入された「朝型勤務」です。
夜遅くまで接待や残業をこなし、深夜にタクシーで帰宅することが美徳とされていた総合商社の働き方を根底から覆しました。夜20時以降の勤務を原則禁止とし、翌朝5時〜8時の勤務に深夜残業と同等の割増手当を支給するだけでなく、社員食堂で無料の軽食を提供するなど、インセンティブと仕組みを巧みに組み合わせました。導入当初は社内外から「商社の営業が回るわけがない」と猛反発を受けましたが、結果として総労働時間の削減と生産性の向上を同時に成し遂げ、他社も追随する社会現象となりました。
また、岡藤氏の経営哲学は平易で親しみやすい関西弁の言葉として社内に浸透しています。その代表例が「か・お・す・け」(稼ぐ・削る・防ぐ)というスローガンです。
- 稼ぐ:現場の泥臭い商談を大切にし、小さな利益を愚直に積み上げる。
- 削る:無駄なコストや形骸化した業務を徹底的に排除する。
- 防ぐ:カントリーリスクや巨額投資の焦げ付きなど、致命的なリスクを未然に遮断する。
「商売の基本は算数や。難しい経営理論よりも、目の前の1円をどう稼ぎ、どう守るかや」という手記やインタビューでの率直な言葉は、現場の社員にとって最も分かりやすい行動規範となりました。現場を鼓舞しつつも徹底的に規律を守らせる人心掌握術が、伊藤忠の強固な企業風土を再構築したのです。