生物界において、とりわけ精密なナビゲーション能力を発揮するのが鳥類と回遊魚です。彼らが何百・何千キロという途方もない距離を迷わずに移動できる理由には、人間が持ち得ない特殊な受容器が深く関わっています。
鳩が迷わず戻れる決定的な理由と生体コンパス
古くから通信手段として重用されてきた伝書鳩(カワラバト)は、500kmから1000km以上離れた場所からでも巣箱へ帰還します。鳩の帰巣を支えているのは、主に3つの感覚器官の連携です。 1つ目は、目や上嘴(くちばし)周辺に存在するとされる微細な磁気受容器です。鳩は地球の磁力線の傾きや強さを感知し、目に見えない磁気格子をナビゲーションの基準線として利用しています。2つ目は太陽コンパスであり、鳩は体内時計と太陽の角度を瞬時に補正しながら正確な方角を維持します。そして3つ目が「嗅覚マップ」です。風に乗って運ばれてくる土地固有の微小な揮発性物質を記憶しており、風向きと匂いの分布を照らし合わせることで、目的地への大まかな接近度合いを嗅ぎ分けています。曇天時や磁気嵐の発生時には鳩の帰還率が大幅に低下することからも、これらのセンサーが複合的に働いている証拠といえます。
渡り鳥が持つ「量子もつれ」を利用した地磁気感知能力
ヨーロッパコマドリなどに代表される渡り鳥は、目の中にある「クリプトクロム4(Cry4)」と呼ばれる光受容タンパク質を通じて地球の磁場を感知していることが、近年の量子生物学研究で確実視されています。 クリプトクロム4が青色光を吸収すると、分子内で電子が移動し、一対の「ラジカル対」が形成されます。このラジカル対が地球の極めて微弱な磁場(約50マイクロテスラ)に反応し、鳥の網膜上に「明暗のパターン」あるいは「視界に重なる光のグラデーション」として磁場を可視化していると考えられています。すなわち、渡り鳥は磁場を皮膚や耳で感じているのではなく、「視覚的な風景の一部として地磁気を見ながら飛んでいる」という驚愕の事実が解明されつつあります。
サケの母川回帰とアミノ酸プロファイリング
川で生まれ、北太平洋などの広大な外洋を数年間回遊したのち、産卵のために正確に生まれた川へと遡上するサケの母川回帰。この途方もない旅は、大海原フェーズと沿岸・河川フェーズの2段階で制御されています。 沖合から日本沿岸に近づく広域移動では、側線や頭部の磁気センサーを活用した地磁気ナビゲーションを行っていると推測されています。そして海岸線から生まれた支流へ絞り込む最終段階で決定打となるのが、「母川の水の匂い(溶存アミノ酸の固有パターン)」です。稚魚期に川の水の化学組成を強烈に刷り込み(インプリンティング)されたサケは、川の合流点に来るたびに微細な匂いの差異を嗅ぎ分け、寸分の狂いもなく故郷の支流を選択します。