本作に触れた初見の観客が最も戸惑うのは、主人公ジョバンニと親友カムパネルラが二足歩行の青い猫として生活し、列車に乗っている点でしょう。宮沢賢治の原作童話に「猫」という記述は一切存在しません。この大胆なビジュアル改変の起点となったのは、漫画家・ますむらひろし氏が1983年に発表したコミカライズ版『銀河鉄道の夜』でした。
企画当初、生身の人間としてアニメ化する構想も模索されましたが、監督の杉井ギサブロー氏は強い難色を示しました。当時の制作回顧録やインタビューにおいて監督は、「生身の人間の少年を描いた瞬間、岩手県花巻の風土や特定の時代性、あるいはキャラクターの美醜に観客の意識が縛られてしまう」と述懐しています。宮沢賢治がテクストに込めた宇宙的広がりや宗教的抽象概念を映像に定着させるためには、キャラクターから過剰な生活臭や情緒を「脱色」する必要があったのです。
脚本を手掛けた劇作家・別役実氏の不条理演劇的な台詞回しと相まって、無表情とも受け取れる猫の造形は観客の主観を投影する巨大なスクリーンの役割を果たしました。愛嬌を振りまくマスコットではなく、孤独と哀愁を背負った抽象的存在として画面に佇む猫たち。この禁欲的な造形判断こそが、数十年を経ても色あせない神話的な強度を本作に与えています。