歴史の教科書で知られる孝徳天皇(難波長柄豊碕宮で政治を執った第36代天皇)と、外務省出身のキャリアウーマンから皇室に入内された皇后雅子さま。接点が見出しにくいこの二つの固有名詞が併記されるようになった背景には、いくつかの明確な発端が存在します。
発端の一つは、雅子さまのご成婚当時(1993年)から現在に至るまで、一部の家系図愛好家やネット掲示板で繰り返されてきた「皇室に入内する民間女性のルーツ探訪」です。美智子さま(上皇后)や紀子さま(秋篠宮妃)と同様、雅子さまのご実家である小和田家の祖先についても、週刊誌や郷土史家によって膨大なルーツ調査が行われました。
その過程で、古代の皇族が地方へ土着した「皇別氏族」の伝承や、越後国(現在の新潟県)にまつわる歴史的系譜の議論がネット上で独り歩きを始めました。特に知恵袋やまとめサイトなどで、「小和田家の遠祖は古代天皇に行き着くのではないか」「大化の改新の孝徳天皇の流れを汲んでいるという説がある」といった根拠薄弱な書き込みが投稿され、それがSEO目的のまとめ記事に無批判に引用された結果、検索エンジンのサジェストに定着してしまったのが実態です。