1970(昭和45)年11月25日、三島由紀夫が主宰する「楯の会」メンバーと共に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で決起し、割腹自決を遂げた「三島事件」は世界中に巨大な衝撃を与えました。しかし、この決行のわずか数日前、三島は美輪明宏さんの元を密かに訪れていました。
当時、美輪さんは帝国劇場で舞台公演中でした。開演前の楽屋に、三島由紀夫が抱えきれないほどの巨大な深紅の薔薇の花束(数十〜数百本とも言われる豪華なもの)を抱えて現れたのです。日頃から親交があったものの、三島がこれほど仰々しい花束を自ら抱えて楽屋を訪れるのは異例のことでした。
美輪さんが驚いて「どうされたんですか、こんなにたくさん」と尋ねると、三島はどこか寂しげな笑みを浮かべ、次のように語りかけました。
「綺麗なものを見ると、君にあげたくなってしまうんだ。……それから、もう君の楽屋には二度と来ないからね」
美輪さんはその言葉の異様さに胸騒ぎを覚え、「何を縁起でもないことを仰るんですか」と返しましたが、三島は静かに微笑んで立ち去りました。その数日後、テレビの臨時ニュースで三島の自決を知った美輪さんは、あの薔薇の花束が三島由紀夫という天才からの「生涯最後の告別」であったことを悟り、深い慟哭に包まれたと伝えられています。