間垣親方を最大の試練が襲ったのは2007年、54歳のときでした。職務中に脳梗塞を発症して緊急入院。一命は取り留めたものの重い後遺症が残り、左半身の麻痺と言語障害を抱えることとなりました。公の場には車椅子で姿を見せるようになり、過酷なリハビリテーションに励む日々が続きました。
体調の悪化に伴い、2013年には間垣部屋を閉鎖。所属力士や行司らは同門の伊勢ヶ濱部屋へと転籍し、親方自身も相撲協会の定年(65歳)を待たずに60歳で日本相撲協会を退職しました。
退職後は表舞台から退き、療養生活に専念していましたが、晩年には肺がんが判明。病魔と闘い続けた末、2026年7月16日午後6時47分、肺がんのため大阪市内の病院で69年の生涯を閉じました。日本相撲協会による訃報発表時、かつてのライバルたちやファンからは、昭和の土俵を華やかに彩った名横綱の早すぎる旅立ちを惜しむ声が相次ぎました。