花江夏樹のフィルモグラフィーを語る上で欠かせないのが、爽やかなパブリックイメージを粉々に打ち砕く悪役・サイコパス・狂気キャラクターの怪演だ。
『鬼滅の刃』で炭治郎の清廉潔白さに胸を打たれたライト層が、他作品における花江の芝居に触れた際、受ける衝撃は計り知れない。ネット上でも「炭治郎の声優と同一人物とは思えない」「耳が狂気を察知して鳥肌が立った」といった反響が幾度となくバズを生み出してきた。
代表的な怪演事例として挙げられるのが、『チェンソーマン』のサメの魔人・ビームだ。デンジを「チェンソー様!」と狂信的に慕い、甲高い奇声を上げながら水中や地面を泳ぎ回るエキセントリックな挙動を、振り切ったテンションで見事に演じきった。理性をかなぐり捨てたハイテンションボイスは、花江のコメディと狂気のハイブリッド能力を世に見せつけた。
さらに、アニメ映画『オッドタクシー イン・ザ・ウッズ』で話題を呼んだ『オッドタクシー』の小戸川宏も見逃せない。当時20代後半だった花江が、41歳の中年タクシー運転手を演じた。ボソボソと皮肉を呟き、世間に冷めた視線を向ける低音のナチュラル芝居は、既存の花江ボイスのイメージを完全に覆し、「クレジットを見るまで花江夏樹だと気付かなかった」と視聴者を驚嘆させた。
また、ゲームや劇場版作品で見せる「知性派の黒幕」や「倫理観の壊れた快楽主義者」の演技も評価が高い。淡々とした敬語の裏に底知れぬ悪意を忍ばせるトーンは、純朴な少年役を完璧に演じられる花江だからこそ、そのギャップが強烈な心理的恐怖を生み出す仕掛けとなっている。