無罪確定から5年が経過した2008年2月21日、事態は誰もが予想しなかった形で急展開を迎えます。三浦氏が旅行で訪れていた米領サイパン島において、地元警察により突如として身柄を拘束されたのです。
サイパン逮捕の理由は、ロサンゼルス市警(LAPD)が1988年に取得していたカリフォルニア州法に基づく逮捕状でした。罪名は「殺人罪」および「殺人共謀罪(Conspiracy to commit murder)」。日本で無罪が確定しているにもかかわらず、なぜ米国当局は逮捕に踏み切ったのでしょうか。
その背景には、日米の法制度の違いがありました。アメリカ合衆国憲法が定める「二重処罰の禁止(Double Jeopardy)」が、外国の裁判結果にも適用されるかどうかが焦点となったのです。サイパンの裁判所は最終的に殺人罪の訴因を却下したものの、「共謀罪」については日本の裁判で審理されていない独立した犯罪であるとして引き渡しを承認。ロサンゼルス市警は27年の時を経て、三浦氏の身柄を本土へ移送することに成功しました。