目黒の豪邸で静かな晩年を過ごした渥美清ですが、その原点は東京の下町にありました。1928年、下谷区竹町(現在の台東区)に生まれた彼は、決して裕福とは言えない環境で幼少期を過ごし、やがて戦後の混乱期の中で浅草のストリップ劇場「フランス座」の舞台に立つようになります。
浅草の舞台で軽妙な幕間コントを演じ、下町の人情や哀歓を肌で学んだ経験が、のちの寅さんをはじめとする数々の名演技の土台となりました。しかし青年期には肺結核を患い、片肺を切除するという生死の境をさまよう大病を経験しています。
この闘病体験こそが、彼に「人生のはかなさ」と「健康へのストイックな意識」を植え付けました。浅草の雑踏から這い上がり、日本を代表する大スターへと登り詰めた本名・田所康雄にとって、目黒の自宅は単なる富の象徴ではなく、過酷な芸能界の荒波から心身を休める唯一の防空壕のような神聖な場所だったのです。