日光東照宮の見ざる聞かざる言わざる|全8枚の人生劇と4匹目の真相

日光東照宮の見ざる聞かざる言わざる|全8枚の人生劇と4匹目の真相

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2016年から2017年にかけて実施された「平成の大修理」において、三猿は神厩舎の欄間から取り外され、専門の修復工房で約1年がかりの彩色修復作業を受けました。2017年春、修復を終えて再び取り付けられた三猿の姿が公開された瞬間、SNS上には猛烈な賛否両論が巻き起こりました。

「目が異様にパッチリしてアニメ調になった」「以前の渋い表情とまったく違う」「もはや別猿ではないか」といった戸惑いの声がTwitter(現X)を中心に拡散され、テレビのワイドショーでも連日特集が組まれる事態となったのです。

この「顔激変騒動」の裏にある保存技術の実情について、公益財団法人「日光社寺文化財保存会」の記録や修復現場の取材資料を確認すると、文化財保護が抱える宿命的なジレンマが浮き彫りになります。

日光東照宮の極彩色彫刻は、風雨や紫外線にさらされる屋外環境にあるため、およそ40年から60年ごとに定期的な塗り替えが行われてきました。三猿の彫刻自体は1636年の「寛永の大造替」当時のものですが、表面の彩色は江戸中期、明治、昭和と幾度も重ね塗りされています。2016年の修理直前に私たちが目にしていた「渋い顔」は、1951年(昭和26年)の修理から半世紀以上が経過し、顔料が剥落して木肌が露出し、風化によって陰影が濃くなっていた状態に過ぎませんでした。

修理担当の彩色師は、肉眼では見えにくくなっていた彫刻本来の鑿(のみ)跡や、顕微鏡下で確認された過去の塗膜層を忠実にトレースし、江戸時代の手法に則った胡粉(貝殻から作られる白色顔料)や岩絵の具を用いて復元を行いました。目の輪郭線がくっきりと黒で描かれたため、直後はコントラストが強く「マンガのようだ」と受け取られたのです。

大規模修理から数年が経過した現在、現地の三猿はどうなっているでしょうか。現地で撮影された最新の写真や参拝者の観察記録を検証すると、日光の厳しい寒暖差と湿気によって鮮やかすぎた顔料はしっとりと落ち着き、日光東照宮特有の厳かな木造建築に見事な調和を見せています。かつての「騒動」を知る参拝者からも、「いま見ると非常に自然で愛らしい」「時間の経過とともに風格が増している」と好意的な評価が定着しています。

加藤 愛美
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加藤 愛美

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。