この物語の骨格を成すのは、富山藩が築き上げた独自の売薬システムと、それを支えた越中屋の存在である。全国津々浦々に張り巡らされた配置薬のネットワークは、単に薬を売るための仕組みにとどまらなかった。それは全国の経済情報や藩政の動向を収集する、当時最高峰の情報インテリジェンス網でもあったのだ。
江戸時代の後期、諸藩が財政難に喘ぐなかで急速に台頭した商人文化は、武士階級の権威を根底から揺さぶった。越中屋はその最前線で莫大な富を動かし、時には藩の台所事情を左右するほどの力を持ったとされる。薬の行商人が持ち帰る地方の情勢、米相場の変動、幕府の密命。それらが交錯する場所に越中屋がいた。華やかな商いの裏に張り巡らされた情報戦のリアルは、現代の経済サスペンスを凌駕するスリルに満ちている。