ネット上の掲示板やSNSでは「モデレーターは権力を振りかざす特権階級」「お気に入りの配信者に認知されたいだけの腰巾着」といった冷ややかな評判が散見されます。しかし、モデレーターの評判と実態を取材すると、その内実は想像を絶するストレスとプレッシャーに晒される「過酷な感情労働」であることが浮き彫りになります。
個人VTuberのYouTubeモデレーターを2年間務めた男性(20代後半・IT企業勤務)は、当時の疲弊感を次のように証言しています。
「最初は純粋に応援したい一心でした。しかし、チャンネル登録者が10万人を超えたあたりから、組織的な荒らし集団が襲来するようになりました。配信中はずっとチャット欄を凝視し、1秒以内に削除ボタンを押さなければならない強迫観念に駆られます。少しでも判断が遅れると配信者から『見てくれてた?』とプレッシャーをかけられ、逆に厳しく取り締まりすぎると視聴者から『言論統制だ』とSNSで叩かれる。報酬はゼロなのに、精神的な負荷は本業の数倍に達し、最終的に自律神経を崩して身を引きました」
社会学および産業心理学の観点から見れば、モデレーターとコミュニティの関係には「心理的バウンダリー(境界線)」の崩壊という構造的リスクが潜んでいます。ボランティアとして関わるモデレーターほど、「自分がこの場を守らなければならない」という過剰適応を起こしやすく、コミュニティや配信者との健全な距離感を失い、共依存関係に陥りやすい傾向が確認されています。
また、外資系プラットフォームのコンテンツモデレーション現場では、残虐な映像や児童虐待、過激派のプロパガンダを1日に数百件単位で目視審査することにより、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症する労働問題が国際的に訴訟へ発展した前例もあります。画面の向こう側の治安を守るために、審査員の精神がすり減らされているという現実は見過ごせません。