山健同志会と山健組の関係性は、単純な「本家と分家」や「敵対組織同士」という言葉では括れません。そこには複雑怪奇な人的ネットワークが存在しています。
報道各社や公安関係者の証言を総合すると、山健同志会の周辺には、かつて三代目・四代目山健組で若頭補佐や舎弟を務めた大物OB、あるいは健竜会をはじめとする山健直系二次団体の元幹部たちの名前が複数挙がっています。彼らの多くは引退届を提出して表舞台から身を引いているものの、地下社会における個人の人脈や影響力は依然として無視できないものがあります。
一般的な暴力団の組織図が「組長—若頭—舎弟頭—本部長」といったピラミッド型の上下関係で厳格に構成されるのに対し、山健同志会の組織図は非常に流動的です。形式上のトップを据えず、各地区(関西、中京、関東など)に点在する有力元幹部が合議制のような形で連絡を取り合う「横のつながり」が主軸であると見られています。
現役の五代目山健組(六代目山口組二次団体)側から見れば、山健同志会に名を連ねる人々は「かつて同じ釜の飯を食った兄弟分」であると同時に、「六代目の軍門に降ることを良しとしなかった意地っ張り」でもあります。積極的な抗争状態にあるわけではないものの、六代目執行部に対する示しがつかないため、公然とした接触は厳格に禁じられているのが実情です。