東京都立松沢病院の起源は、明治維新直後の1879年(明治12年)に開設された「東京府瘋癲院(ふうてんいん)」にまで遡ります。その後、巣鴨病院への改称を経て、1919年(大正8年)に現在の世田谷区上北沢の地へと移転し、「東京府立松澤病院」となりました。
松沢病院の歴史を語る上で欠かせないのが、近代精神医学の祖とされる呉秀三(くれ・しゅうぞう)教授の存在です。呉教授は「我が邦十何万の精神病者は実にこの病を受けたるの不幸のほかに、この邦に生まれたるの不幸を重ぬるものというべし」という有名な言葉を残し、患者を縛り付けていた拘束具を全廃するなど、患者の人権尊重と処遇改善に生涯を捧げました。この人権重視の精神は、現在の医療現場にも明確に受け継がれています。
2026年7月、都立病院と公社病院が統合・法人化され、運営母体は地方独立行政法人 東京都立病院機構へと移行しました。この独法化により、柔軟な医療機器導入や人材確保が可能となり、東京都の精神医療セーフティネットの司令塔としての機能が一段と強化されています。