羊ヶ丘展望台を訪れる誰もが真似をする、右手を斜め前方に突き出したあのポーズ。この全身像にまつわる史実を紐解くと、単なる観光記念撮影以上の深い文脈が見えてきます。
札幌農学校(現・北海道大学)の初代教頭として招かれたウィリアム・S・クラーク博士が、わずか8ヶ月の任期を終えて帰国する際、見送りに来た教え子たちに残した別れの言葉が「Boys, be ambitious!(少年よ、大志を抱け)」でした。この名言が発せられた歴史的な現場は、現在の北広島市島松駅逓所跡であり、羊ヶ丘展望台そのものではありません。
では、なぜこの地に巨大なクラーク博士像が建立されたのでしょうか。そこには昭和中期の観光ブームが引き起こした切実な事情がありました。
もともとクラーク博士の胸像は北海道大学構内にありました。ところが1970年代、札幌オリンピックの開催などを機に北海道観光が過熱すると、北大キャンパス内に観光バスが連日押し寄せ、教育研究活動に深刻な支障をきたす「観光公害」が発生したのです。静粛な学術環境を取り戻すため、大学側は観光バスの立ち入りを厳格に制限せざるを得なくなりました。
「観光客が気兼ねなくクラーク博士を顕彰し、記念撮影できる場所を別に作らなければならない」——その要請を受け、北海道開拓の精神的象徴を形作るプロジェクトが始動しました。1976年、クラーク博士来道100年およびアメリカ建国200年を記念して、彫刻家・坂坦道(さか たんどう)氏の手により建立されたのが、現在の「丘の上のクラーク像」です。
坂坦道氏は生前のインタビューや制作手記において、「北大の胸像とは異なり、未踏の荒野に希望を見出す開拓者の全身像を表現したかった」と述懐しています。右手が指し示す先は特定の建造物ではなく、「遙か彼方の永遠の真理」です。像の台座には「大志の誓い」を投函できるポストが設置されており、自らの夢や誓いを記した用紙は半永久的に保存されます。再訪時に過去の誓いと対面できるこの仕組みは、多くのリピーターの心を掴み続けています。