adidas どこ の 国のブランドなのか――世界中で日常的に見かけるスリーストライプスでありながら、その母国をアメリカやイギリスだと勘違いしている人は意外に多い。街を歩けば誰もが一度は目にするスニーカーの巨人は、洗練されたマーケティングの裏に、泥臭くドラマチックなヨーロッパの歴史を秘めている。
ふと手持ちのスニーカーを眺めているとき、あるいは新作の争奪戦に挑む際、adidas どこ の 国で産声を上げ、どうやって頂点へ上り詰めたのかを知ると、足元の景色が少し変わって見えるはずだ。1世紀近く前に始まった職人の執念と兄弟の決裂。現代の巨大カルチャーを形作った原点へ迫る。
発祥地はドイツ連邦共和国:バイエルン州の小さな町から始まった帝国
アディダスが誕生した国は、ヨーロッパを代表する工業大国、ドイツ連邦共和国だ。首都ベルリンでも大都市ミュンヘンでもなく、バイエルン州北部に位置する人口2万人台の静かな古都、ヘルツォーゲンアウラハに本拠地を置いている。
現在では世界的メガ企業となったアディダスAG(adidas AG)だが、そのルーツは1920年代、母親の営む洗濯部屋を改造した小さな工房だった。バイエルンの豊かな自然と厳格な職人文化が息づくこの土地で、アスリートの足を支える専用シューズ作りが始まったのだ。
現在も本社機能はヘルツォーゲンアウラハの広大なキャンパスに置かれ続けている。地方都市の一角から全世界のトレンドを動かす司令塔が存在している事実は、ドイツ企業らしい強固なアイデンティティを感じさせる。
兄弟の確執から生まれた歴史:アドルフ・ダスラーとプーマの因縁
アディダスの歴史を語る上で避けて通れないのが、創業者の名前と骨肉の争いだ。創業者の名はアドルフ・ダスラー。彼の愛称であった「アディ(Adi)」と、ファミリーネームの「ダスラー(Dassler)」を組み合わせて「adidas」と名付けられた。
元々は兄のルドルフ・ダスラーと共に「ダスラー兄弟商会」を営み、1936年のベルリン五輪で伝説的陸上選手ジェシー・オーエンスにスパイクを提供するなど大成功を収めていた。しかし、第二次世界大戦の混乱期を通じて二人の関係は修復不可能なほど悪化する。
1948年に兄弟は決裂。弟のアドルフはアディダスを立ち上げ、兄のルドルフは川の対岸にプーマを創業した。町を流れるアウラハ川を挟んで住民すらも「アディダス派」と「プーマ派」に分かれ、相手の履いている靴を見てから挨拶を決めたという「首を曲げた町」の逸話は、スニーカー史における最も有名な因縁劇として今も語り継がれている。