張本勲が韓国国籍を貫いた真実——通算3085安打のレジェンドが語るアイデンティティと波乱の半生

張本勲が韓国国籍を貫いた真実——通算3085安打のレジェンドが語るアイデンティティと波乱の半生

張 本 勲 国籍をめぐる議論や関心は、NPB(日本プロ野球)で前人未到の通算3085安打という金字塔を打ち立てた大打者の歩みと、常に表裏一体のものとして語り継がれてきた。日本で生まれ育ちながら、なぜ彼は生涯にわたり韓国国籍を持ち続けたのか。昭和から令和へと至る時代の奔流の中で、背番号10が背負い続けたものは単なる野球の記録にとどまらない。

広島での被爆体験、右手の火傷というハンデ、そして在日コリアンへの過酷な偏見。数々の逆境をバット一本でねじ伏せてきたバッティングマシンは、ファンの間で張 本 勲 国籍の背景にある信念が語られるたび、自らの生き様を静かに明かしてきた。彼は日本への深い感謝を抱きつつも、自らの血脈とルーツを誇りとして守り抜いたのだ。

広島の爆風と右手の大火傷——苦難の少年時代

1940年、広島市段原町で生まれた張本勲。彼を待ち受けていたのは、あまりにも過酷な運命だった。

4歳の頃、トタン屋根の火災で右手の指に大きな障害を負う。さらに1945年8月6日、爆心地から約2.5キロの自宅近くで原子爆弾の猛烈な爆風と熱線を浴びた。目の前で姉を亡くした体験は、幼い心に癒えることのない深い傷を刻みつけた。

利き手である右手が自由に動かない。そのハンデを克服するため、彼は左打者としての道を歩み始める。苦境に押しつぶされることなく、白球を追い続けた少年時代の執念が、後に「安打製造機」と呼ばれる伝説の礎となった。

浪華の空に響いた快音——浪商高校からプロの頂点へ

大阪の強豪・浪商高校へと進学した張本は、その圧倒的な打撃センスで全国に名を轟かせた。しかし、当時の社会情勢や背景には冷酷な壁が立ちはだかっていた。在日コリアンであるという現実が、時に若い情熱に影を落とした。

プロの道を選び、東映フライヤーズに入団後はまさに破竹の勢いだった。新人王を獲得すると、首位打者を7度も獲得。巨人の王貞治、長嶋茂雄らと共にプロ野球の黄金時代を築き上げた。驚異的なバットコントロールと力強いスイング。1980年には前人未到の通算3085安打を達成し、日本の野球史に永遠にその名を刻んだのである。

林 結菜
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林 結菜

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。