東山魁夷の作品世界において、東山魁夷が白馬を描いた意味を読み解く最大の鍵は、画家自身が残した言葉にあります。東山魁夷は生前、白馬について「一頭の白い馬が、私の風景のなかに、いつのまにか、すうっとはいりこんできた」「白馬は私自身の心の姿、あるいは祈りである」と述懐しています。
対象を忠実に写生しながらも、独自の精神的な青や緑で画面を構築する東山魁夷にとって、白馬は実在の動物を描写したものではありませんでした。それは過酷な現実社会の中で自然の美を求め続ける自分自身の魂であり、傷ついた人々や自然の回復を願う「心の祈り」そのものの象徴だったのです。
1970年代初頭の日本は、急速な高度経済成長の影で公害や自然破壊が深刻化し、人々の暮らしや価値観が大きく揺らいでいた時代でした。幼少期から肉親を次々と亡くし、戦争の惨禍を生き延びた東山魁夷は、失われゆく美しき日本の自然環境と人間の精神の荒廃に深い憂慮を抱いていました。純白の馬を画面に放つ行為は、画家が自らの純粋な精神を保ち、静けさと調和を取り戻そうとした切実な内的欲求から生まれたものといえます。