創氏改名は、陸軍出身の第7代朝鮮総督・南次郎の強力な主導によって進められました。制度の法的なタイムラインは以下の通り厳格に定められていました。
1939年(昭和14年)11月10日に「朝鮮民事令」の一部改正が公布され、翌1940年(昭和15年)2月11日の紀元節(現在の建国記念の日)から正式に受付が開始されました。届出の受付期間は同年8月10日までのわずか6か月間でした。
この6か月の間に自ら役場へ出向いて新しい「氏」を届け出ることを「設定創氏」と呼びます。期間内に届け出をしなかった家庭に対しては、戸主の「姓」がそのまま自動的に法定の「氏」として戸籍に登録される「法定創氏」の仕組みが採られました。その後、1945年8月の終戦を経て、1946年10月に在朝鮮アメリカ陸軍司令部軍政庁が公布した「朝鮮姓名復旧令」によって創氏改名は法的に無効化され、旧来の姓名へと一斉に原状回復されました。