日本の民間信仰において、狐が特別な存在となった最大の契機は稲荷信仰の広がりにあります。全国に約3万社存在するとされる稲荷神社の総本宮・伏見稲荷大社(京都府)をはじめ、各地の社殿には凛々しい狐の石像が鎮座しています。ここで祀られているのは主祭神である「宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)」であり、狐そのものが神そのものなのではなく、神の意志を地上に届ける「神の使い(眷属=けんぞく)」という位置づけです。
狐が神使として選ばれた理由には諸説あります。古来の日本において、春になると山から里へ現れ、秋の収穫が終わると山へ帰っていく狐の習性が、田の神が往来する時期と一致していたこと。また、農作物を食い荒らすネズミを捕食する益獣であったことから、農民たちにとって「実りをもたらす神の先触れ」として崇められるようになりました。さらに、狐の古名である「けつ」が「食物(け)」を意味する言葉に通じる点も、五穀豊穣の象徴となった一因とされています。
室町時代から江戸時代にかけて、能楽や狂言、田楽、各地の神楽といった舞台芸能が発展する中で、神使の姿を具現化した「狐面」が誕生しました。神楽において狐面をつける舞手は、自らの自我を消し去り、神仏の霊威を宿す媒介者としての役割を果たしました。単なる装身具ではなく、目に見えない神聖な領域と現実世界を繋ぐ境界の道具として扱われてきた歴史こそが、今なお狐面に漂う厳かな気品と迫真の迫力の根源となっています。