新会社設立と独立の先に待っていた最大の難関が、元妻・幹子氏との離婚問題でした。1980年に事実婚状態となり、1983年に正式入籍した二人は、1男1女をもうけました。しかし、1994年のバイク事故をはじめ、たけし氏の女性問題や別居生活により、婚姻生活の実態は数十年間にわたり破綻していたとされています。それでも長年、離婚届が提出されなかったのは、幹子氏がオフィス北野の取締役として財務を実質的に握り、たけし氏自身も「家庭の財布はすべてカミさんに預けてある」と公言していたためです。
2019年6月、双方が合意に至り、協議離婚が正式に成立しました。この際、最も世間を賑わせたのがビートたけしの財産分与です。一部のワイドショーや週刊誌は「全財産200億円を元妻に譲渡した」「手元には世田谷の自宅と車数台しか残らなかった」とセンセーショナルに報じました。のちにたけし氏本人もテレビ番組で「お金がなくなって、家賃も払えないよ」とギャグにして笑いを取っていましたが、この数字には芸能特有の誇張が含まれています。
実態としては、都内の高級住宅街にある複数の不動産や絵画コレクション、株式などが元妻側に渡ったと見られますが、たけし氏自身のネームバリューと年間数億円に達する番組出演料・映画印税収入があるため、破産状態とは程遠いものでした。むしろ重要なのは、なぜ莫大な資産を手放してまで再婚したのかという理由です。
もし内縁関係のまま万が一の事態が起きれば、パートナーである彼女には1円の遺産相続権も、北野武名義の莫大な知的財産権(映画の著作権や過去の執筆原稿)の管理権も残りません。たけし氏は、自らの最期を見届け、自らの死後に作品群を守り抜く法的な権限を彼女に託すために、あえて批判を覚悟で正式な入籍という形を選び取ったのです。