ネット上の解説記事などで頻繁に見られるもうひとつの誤解が、「現代物理学によれば、時間にはプランク時間という最小単位があるからゼノンは正しい」という言説です。
プランク時間(約 $5.39 \times 10^{-44}$ 秒)とは、現在の物理学理論が適用できる理論上の限界値であり、「これ以上短い時間は物理的に測定不可能である」と考えられている尺度にすぎません。時間が映画のフィルムのように離散的なコマ(粒)としてカチカチと進んでいることが実験的に証明されたわけではなく、時空が連続体であるのか離散的であるのかは、現代の量子重力理論においても決着がついていない未解決問題です。
さらに仮に時間がコマ送りであったとしても、矢はあるコマから次のコマへ「瞬間移動(遷移)」していることになり、「静止している」というゼノンの主張を肯定することにはなりません。「科学用語のつまみ食い」によって古代の詭弁を無理に正当化しようとする議論には、十分な注意が必要です。
【プロの結論】思考実験を武器にする人と「詭弁」で混乱する人の判断基準
ゼノンのパラドックスのような哲学的な問いは、接し方によって知性を鍛える最高の砥石にもなれば、単なる思考の迷路にもなり得ます。思考の境界線(バウンダリー)をどこに引くべきか、その適性を整理します。
■ 深く探求することをおすすめできる人:
日常生活で「当たり前」と見過ごしている前提条件(時間とは何か、連続性とは何か、観測とは何か)を疑い、数理モデルや概念の厳密な定義に知的好奇心を感じる人。論理の飛躍を暴くクリティカル・シンキングの訓練をしたい人に向いています。
■ 慎重になるべき(深入りをおすすめできない)人:
「飛んでいる矢は止まっているから動いていない」という結論だけを都合よく切り取り、実社会の議論やビジネスの現場で揚げ足取りに使おうとする人。形式論理の極論を現実の文脈に無批判に持ち込むと、コミュニケーションの膠着を招くだけです。思考実験は「現実の否定」のためではなく、「思考の解像度を上げるため」の道具であると弁える必要があります。